投資と算盤

投資日記、日々の雑感

10/16 日経朝刊抜粋

公的ファンドで格差是正―運用益、市民に再分配

グローバル・ビジネス・コメンテーター ラナ・フォルーハー
 米フェイスブックの創業者、マーク・ザッカーバーグ氏が、民主党エリザベス・ウォーレン上院議員は自社の「存在」を脅かす脅威だと語っている。それもそうかもしれない。2020年大統領選で民主党候補の指名を目指すウォーレン氏は、巨大ハイテク企業の解体のみならず、フェイスブックをはじめとする大企業や、ザッカーバーグ氏のような富裕層に対する大幅な増税も求めているからだ。
 問題は、ウォーレン氏が民主党候補の指名を勝ち取れるか(筆者は勝ち取るとみる)、大統領選で勝てるか(その可能性も非常に高い。米国が景気後退に入れば、可能性はさらに高まる)、そして、自身が掲げる政策を実現できるかどうかだ。
 筆者は、富裕層の増税に賛成だ。特に、投資収益を増税すべきだと考えている。筆者が不満を募らせているのは、納税額が所得の約半分に達するからではない。株価上昇から利益を得ている人の税金が、実際に働いて税金を納めている筆者のそれを大幅に下回っているからだ。
 これを変えようというのが、カリフォルニア大学バークレー校のエマニュエル・サエズ教授とガブリエル・ザックマン准教授が共著「The Triumph of Injustice」(不公平の勝利)で展開する論旨だ。両氏はウォーレン氏の税務顧問を務め、所得だけでなく資産にも課税する方法について事細かに助言している。
 しかし、ウォーレン氏の主張は多くの米国人の間で論争になりそうだ。「再分配」という言葉は民主党議員ですら、口にすることをはばかる人が多い。しかも、民主党が上下両院で過半数を得られなければ、これほど大掛かりな税制改革を成立させるのは極めて難しい。共和党議員が一斉に反対に回るからだ。
 ならば「事前分配」はどうだろうか。これは格差を生み出している市場原理を是正するためにネイサン・ガーデルズ氏とニコラス・バーグルエン氏が提唱した言葉だ。ロサンゼルスにあるバーグルエン研究所の共同創設者である両氏は、国が公的ファンドを創設して、資金豊富な企業や富裕層と公的セクターの間に存在している経済不均衡に対処すべきだと主張している。
 こうしたファンドであれば、公共事業や公共のデータから収益を得ている企業への出資もできるだろう。フェイスブックやグーグル、アップル、アマゾンはここに当てはまる。これらの企業の製品はおおむね、インターネットや全地球測位システム(GPS)、タッチスクリーンをはじめ、連邦政府の資金で開発された技術や個人のデータの活用の上に成り立っている。こうしたデータや研究から恩恵を得ているのは、シリコンバレーの企業だけに限らない。知的財産を駆使して製品を開発し、そこから収益を上げる米国企業のほとんども同様だ。
 既存企業の株式の収用は公平でもなければ、政治的に実現可能でもない。過去に遡ってルールを変えるのはご法度だ。しかし、新興企業に出資したり株式供出を求めたりするのは現実的かもしれない。ノルウェーシンガポール政府系投資ファンドを運用しており、イスラエルも設立を準備している。ドイツでは、州政府が大企業に出資している。いずれも収益は公共のために活用されている。米国でも、アラスカやワイオミングのような天然資源が豊富な州では、資源から得られた利益を公共のために活用・配分している。
 税金を使って開発された技術の恩恵を享受している企業や、幅広い関係者から初期投資を受けている企業の資産を分かち合おうという考え方は、株主だけでなく幅広い利害関係者の利益を考える「ステークホルダー資本主義」の時代にふさわしい。国境を超えて自由に動く企業の資産への課税を各国が模索しているなか、デジタル資本主義の時代にも必要かもしれない。
 経済協力開発機構OECD)は最近、デジタル課税を巡る新国際ルールへの意見を募集する際にこう述べた。「物理的な拠点のみを判断基準として、課税権の配分を決める時代は終わった。現行税制は1920年代に制定されたもので、グローバル化が進む今日の世界では、もはや公正な課税権の配分を十分に担保できない」
 最近はグローバル化がやや後退した感もあるが、データや知的財産は今なお自由に移動できる。一方で経済は、形のないものに依存する度合いが増している。それに伴い、ソフトウエアやロボット、人工知能(AI)が普及して、賃金の高い仕事が奪われるという流れが生じ、労働力が様変わりしつつある。さらに、ネットで単発の仕事を請け負う「ギグエコノミー」が台頭しているなか、社会の分断がこれ以上進まないように、富の概念や分配について改めて考えなければならないのは明白だ。
 その対策で先頭を走っているのはカリフォルニア州だ。同州はいみじくも、生産性を高める一方で人間から雇用を奪う技術の多くを生み出してきた。同州は16年に全市民を対象とする年金基金を立ち上げた。年金制度を整備していない企業の従業員も加入できる(企業年金制度の加入者は米国民の約半数にとどまり、フリーランスの増加やギグエコノミーの普及で加入者比率がさらに低下する見通しだ)。
 カリフォルニア州基金は、シンガポールの中央積立基金(CPF)のように拡充されることが予想される。CPFは雇用主と被雇用者の両方に加入を義務付けていて、年金としてだけでなく、医療保険や住宅購入支援にも利用できる。
 課題は、個人の積み立て以外に基金を拡大する原資をどう確保するかだ。カリフォルニア州の場合、成立したばかりの「カリフォルニア州消費者プライバシー法(CCPA)」に違反する企業から徴収する罰金を原資にできるだろう。CCPAは、欧州連合(EU)の一般データ保護規則(GDPR)より厳しい部分もある。
 基金の運用益はインフラ整備に投じるだけでなく、個人の加入プランを通して一般市民に分配できる。そうすれば、教育から医療、老後資金まで、あらゆる用途に活用できるだろう。
 こうした基金制度は州と民間セクター間の不均衡に対処できるため、民主党にとって大きな意味を持つ。しかも、保守派が重視する個人の選択を守ることもできる。経済政策としては珍しく、両陣営にとってウィンウィンの政策なのだ。